博士(社会工学)のススメ

私は、社会工学類の社会経済システム主専攻を卒業後、筑波大学大学院の社会工学学位プログラムで修士号・博士号を取得し、大学教員になりました。現在は社会心理学分野の研究・教育を行うとともに、大学全体のデータサイエンス・AI領域の教育の推進に関わっています。
「つくばの社工」の研究は、誰かのため、社会のために、先人たちの研究の蓄積に自分の経験やアイディアを重ね合わせ、社会に届けていく試みです。修士・博士と研究を重ねる中で、私一人の力はささやかなものでも、研究が多くの人との議論を通して輪郭を帯び、次第に社会に届く力を持つようになる──そんな実感を得ました。同時に、「自分はどう生きるか」という軸も育っていきました。情報があふれ、AIとの共創が求められる時代、これからの時代にあって、自分にしかできないことへの自信を持つことができたのは、博士課程で思考を深め続けた日々があったからだと感じています。
日本では女性の博士号取得者はまだ多くありません。しかし、社会の複雑さや価値観の多様化が進むいま、研究にも多様な視点が必要です。私自身、子育てをしながら研究者を続ける中で、母親としての経験が研究に新しい視点をもたらす場面もありました。研究者としての役割はひとつではなく、歩んできた人生そのものが研究を支えてくれるのだと感じています。博士号は専門家の証であると同時に、学び続ける力の証でもあり、生きる中での気付きを学問の世界につなぐパスポートにもなっています。
研究には大変な時期もありますが、自分の興味を深く掘り下げる、稀有でとても豊かな時間でもありました。もし迷っている方がいたら、その迷いごと抱えて一歩踏み出してみてください。皆さんの視点や経験が、これからの研究と社会に新しい色を加えてくれるでしょう。

私は社会工学類の経営工学主専攻を卒業した後、サービス工学学位プログラムの博士前期課程、社会工学学位プログラムの博士後期課程を修了しました。現在は、コンピュータビジョンを社会の様々な課題へ応用する研究に取り組み、最適化や機械学習など分野を横断する知識を生かしています。
社会工学は、私にとって確かな土台となりました。数学・統計学・最適化といった理論はもちろん、経営学・心理学などに触れる中で、「社会の課題をどう論理的に捉え、科学的に解いていくか」という姿勢そのものを学べたことが何より大きかったと感じています。
とりわけ魅力的だったのは、多くの先生方や研究室が自治体・企業と密接に連携していることでした。そのおかげで、私たち学生は現実の課題に向き合う方々と直に接し、本物のデータや現場に触れることができます。異なる視点から物事を見る面白さを知り、議論や助言を重ねながら、現実の問題を解く力を少しずつ自分のものにしていく。それは何にも代えがたい時間でした。
これから新しい一歩を踏み出す皆さんが、社会のさまざまな場所で、それぞれが思い描く姿で活躍されることを願っています。その歩みを、私はいつでも応援しています。

私は筑波大学大学院社会工学学位プログラムで博士(社会工学)を取得した後、現在は日本最大級の研究機関である国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)にて、ポストドクトラル研究員(ポスドク)として、新しいテクノロジーの社会実証・社会実装に関する研究に携わっています。
社会工学学位プログラムでの研究生活は、専門知識を深めるだけでなく、アカデミアの知をどのように実社会の課題解決へ結びつけるかという実践的な思考力を養う、非常に充実した時間でした。現在私は、日本の最先端技術が集積するAISTにおいて、リビングラボ(Living Lab)という手法を用い、新しい技術と市民社会が「つながる場」をデザインする研究に取り組んでいます。
博士課程で培った統計的手法や社会調査、そして社会の中に潜む課題を見出す課題発見力は、市民と技術の対話を促し、誰もが取り残されない社会を構想するうえで大きな力となっています。筑波大学で培った知識と姿勢を基盤に、日本最大級のフィールドから社会に貢献できることを、研究者として大きな誇りに感じています。
社会工学は、技術と人を最適な形で結びつけ、より良い未来をデザインできる学問です。高い志を持ち、未知の領域に挑戦しようとする皆さんの歩みを、卒業生の一人として心から応援しています。

私は筑波大学大学院社会工学学位プログラムを修了し、博士(社会工学)の学位を取得した後、名古屋大学で助教として研究・教育活動に従事し、現在は三重大学人文学部法律経済学科で教員・研究者の道を歩んでいます。
社会工学学位プログラムは、単なる知識の習得にとどまらず、「社会にとって本質的に重要な課題は何か」を自ら問い、理論的枠組みと実証分析を駆使してアプローチする力を養う場でした。私はこのプログラムで、消費者行動、社会関係資本、幸福感など、個人と社会のつながりやウェルビーイングに関する研究に取り組みました。具体的には、シェアリングエコノミーやライブショッピング、ライドシェアといった新しいデジタルサービスにおける「弱い紐帯」の形成や、それが社会関係資本や主観的幸福感にどのような影響を与えるかを、統計分析や国際比較調査を通じて明らかにしてきました。また、パーソナリティといった心理的要因が消費者の態度や利用意図に及ぼす影響についても検討しています。
現在は三重大学にて、大学教員として授業設計や学生指導に携わり、統計的手法を用いたデータ分析や、行動科学の観点からの問題設定など、社会工学で培った知見を生かしています。社会工学学位プログラムは、高度な専門知識だけでなく、複雑化する現代社会の課題に立ち向かうための「問いの立て方」や「解決へのアプローチ」を身につけることができる場です。新しい一歩を踏み出す皆さんを、心から応援しています。

私は企業でデータサイエンティストとして働きながら、社会人博士として筑波大学大学院 社会工学学位プログラムに進学し、博士(社会工学)を取得しました。本プログラムでは、日々のデータサイエンス業務の中で生まれる研究アイデアを、論文として整理し、社会に発信するための方法を学ぶことができました。こうした力は研究に限らず、分析業務においても大いに役立っています。既存課題や過去のアプローチを把握した上で、データ分析によって新しい知見をどのように積み重ね、どのように課題解決へ貢献できるかを構造化して考えられるようになりました。また、企業で働きながらの博士課程生活を通じて、現場で直面する課題を一般化して捉え直し、より本質的な課題に対して解決手段を検討する力を鍛える貴重な機会を得られたことは非常に有意義でした。
社会工学は、各分野の最先端研究と社会的課題の接点を見つける訓練の場であり、実務と研究をつなぐための多くの学びを得ることができます。私生活との両立は決して簡単ではありませんが、もし社会人博士を検討している方がいれば、実務で培った視点や課題意識が強みになりますので、ぜひ一歩踏み出してみてほしいと思います。
さらに、社会工学学位プログラムには多様なバックグラウンドを持つ教員や学生の方々が在籍しており、自身の研究に対してさまざまな観点からフィードバックを受けられる環境があります。異なる分野の考え方や観点に触れられることは、その後の研究・実務の両面で大きな糧になっています。
私は博士(社会工学)取得後も、データサイエンス業務の傍らで学会発表などのアカデミックな活動を継続しており、今の自分の立場だからこそできる貢献を、企業と社会の双方に対して探求していきたいと考えています。

私は現在、株式会社エルデシュの代表取締役データサイエンティストとして、コンサルティングからシステム開発までを手がけています。
博士後期課程に進学したのは2020年、社会人13年目(30代後半)のときです。進学のきっかけは、システム情報系の高野祐一先生と取り組んでいた数理最適化と推薦システムに関するテーマの共同研究です。成果が論文という形になるにつれて「これまで積み重ねてきた研究を体系的に整理しておきたい」と考えるようになりました。そのタイミングで高野先生から博士後期課程進学を勧めていただいたことが後押しとなり、進学を決断しました。
社会人で博士後期課程への進学を決めるには勇気が必要だと思います。私から実体験を元にした3つのポイントをお伝えします。1つ目は、研究テーマは「仕事と関係する問い」から始めてもよいということです。社会人にとってビジネス上の課題や関係分野から問いを立てることは自然な出発点であり、それが研究の独自性につながる場合もあります。2つ目は、完璧な研究者である必要はないということです。実務経験は大学では身につけにくい貴重な強みです。チーム作業やプロジェクト推進といったスキルも、研究を進める上で大いに役立ちます。3つ目は、周囲の支援や指導教員との関係性が重要だという点です。家族や同僚、上司との信頼関係を保ち、応援してもらえる環境は研究に集中する上で不可欠です。また、博士後期課程は「教えてもらう場」ではありません。指導教員は伴走者であり、研究の主体は自分自身であり、自ら動く姿勢が求められます。
現在、博士号を取得して実感しているのは、周囲からの信頼感や信用が高まったことで、仕事の幅が広がったことです。新規の顧客からも安心して依頼していただける機会が増えました。また、専門性の高さが前提となることで、不要な議論による停滞が減り、プロジェクトのリスク軽減にもつながっていると感じています。感覚的には、毎日の仕事の進みやすさが1%改善されたイメージです。最先端のプロジェクトに取り組む場面ほど、このわずかな差が成否を分けると実感しています。
振り返ると大変なことも多かったのですが、それ以上に得るものの多い時間でした。研究する「問い」をお持ちの方は、ぜひ博士後期課程への進学を検討してみてください。

20年の実務経験を経て博士号取得にチャレンジした私から、社会人で博士後期課程への進学を検討される方に向けて「社会工学学位プログラム」での学習や研究活動のリアルをご紹介します。なお、あくまで一個人の視点からの見解ですので、その点はご容赦を!
●「社会工学」は元祖・データサイエンス!
「社会工学学位プログラム」ではどんな学びが得られるでしょうか。端的にいえば「データ活用の理論と実践」であると私は思います。なぜなら、身近な社会の課題に工学的な手法で研究に取り組む「社会工学」のメインウェポンは「データ」だからです。近年「データサイエンス」を冠した学部が注目されていますが、実は「社会工学」はより長い歴史と知の蓄積を持つ元祖・データサイエンスなのです。
研究に不可欠なデータたちは一見万能に見えますが、必ずしも真実を表しているとは限りません。むしろ、意外と"大雑把"だったり、厄介な"クセ"があったりするデータの方が多かったりします。「社会工学学位プログラム」では、こうした玉石混交のデータたちと格闘しながら研究を進めていきますので、研究活動を通じて自ずとデータ活用の理論と実践を体得することができます。
●社会人こそ「因果推論」の考え方を学ぶべき
すでに修士号を取得されている方ならば、データを疑うことの大切さやその習慣が既に身についていると思います。「社会工学学位プログラム」の博士後期課程ではさらに一歩進んで、活用に耐え得るデータを吟味し、適切な解析を通じて物事の本質に迫り、その成果を他者に的確に伝える——こうした一連の技量を徹底的に鍛え上げられます。
皆さんは「統計的因果推論」をご存知ですか。これは、大学院の講義で私が新たに学んだ、データ解析に関わる科目のひとつです。恐らく昔にはなかった科目で、時代の変化を感じるとともに、まさに今大学院で学ぶことの意義を強く感じました。相関で因果(原因と結果の関係)は示せないので、因果を示すためには様々な準備や工夫が必要です。今では、因果推論の考え方を知らずしてデータを活用することが怖いとさえ感じます。研究だけでなく、ビジネスの場においても、データを誤って解釈したり、安易に要因を特定したりしないよう、大学院在学中にぜひマスターしてほしい科目です。
●通常課程か早期修了か、自分に合ったスタイルを選べる
「社会工学学位プログラム」には複数の修学スタイルがあります。一つは3年での修了を目指す通常のプログラム。もう一つは1年での修了を目指す早期修了プログラムです。既に査読付論文の実績があって1年間研究に全力投球されたい方は早期修了、仕事等と両立しながらマイペースで進めたい方には通常のプログラムがオススメです。通常のプログラムや早期修了プログラムの他にも、長期履修もあります。
私は、今の仕事を続けたかったので、通常のプログラムを選びました。それでも、仕事等との両立は正直しんどかったですが、当時コロナ禍だったこともありほぼ全ての講義をオンラインで受講。課題や論文もネットで提出し、先生方からのご指導もしばしばオンラインでご対応いただくことで、何とか研究活動を継続することができました。支援室の方々にも様々な局面でサポートしていただきました。
結果、私は休学を含め4年間かけて博士号を取得しました。仕事等の状況に応じて休学の仕組みを上手に活用することも、社会人にとっては有効な戦術。ただし、大学院での研究活動は、指導してくださる先生方との信頼関係がとても大切になりますので、先生方への事前相談はくれぐれも忘れずに。
●社会人ならば研究成果を社会に還元しやすい
社会人には、自身が活動する「業界」があります。大学院での研究活動では、これがあなたの強みとなるでしょう。なぜなら、業界の課題を肌感覚で知っているので、社会的に意義のある研究テーマを設定しやすいからです。しかも、各業界で活躍されている皆さんならば、博士課程で得た学びを速やかに業界に還元することができます。社会人が学術研究の世界に飛び込むことが産学連携の近道であり、そういう方々が増えることで日本社会がより洗練されていく。その一役を担う仲間が増えることを、心より願っています。

つくばの社工は、新しい分野を開拓している研究者が集まり、将来の研究者も育てる場だと思います。このように思った理由を私の経験から伝えます。私は社会工学学位プログラムの博士後期課程から筑波大学にきて、SEAM (Service Engineering, Accounting and Marketing) Labに在籍していました。
つくばの社工には、卓越した、素晴らしい研究者(教員)がたくさんいます。社工で教育を受けて研究することで、社工の研究者が「どのように研究を行い、どのように努力しているか」を見て、対話して学ぶ機会があります。例えば、ある教員が「一つの分野で世界一になることは難しいが、いくつかの分野を組み合わせた新しい領域でなら世界一になれるかもしれない」と話していました。新しい領域、分野を創り上げることが「つくばの社工らしさ」だと感じた出来事の一つです。
このような恵まれた環境で研究に時間を使うことで、博士人材としてのキャリアをよりよく形成していけると思います。私の場合、つくばの社工での経験は、研究と仕事の両方に強く影響しました。研究に関しては、経営学系のテーマで博士論文を書き、査読付論文を4本出版できました。仕事に関しては、日本生産性本部で働き、サービス産業政策のEBPMを支援したり、サービス組織の顧客満足度データ分析を支援したりしました。特に、企業との共同研究を原著論文として発表し、その成果を活かして企業支援を企画したことは、日本生産性本部の博士人材ならではの経験だったと思います。知識を生み出し、それを広めるという両方の役割を担えたからです。つくばの社工のおかげで、博士人材としての私のキャリアを築くことができました。

私は30歳を目前にして、勤めていた企業を辞め、社工の博士前期課程に入りました。学部は別大学で心理系でしたが、犯罪科学研究者を志し、異分野(都市計画系の雨宮護 先生に師事)に飛び込みました。結果的に、その選択は正解でした。社工だからこそ育つ多面的スキル、コンピテンスが現在のポジション獲得にこの上なく役立ったからです。
社工では、アプローチも哲学も異なる三分野の科目を自身の研究関心などに沿って自由に履修できます。私は犯罪の時空間予測が研究テーマだったこともあり、数理的アプローチに関する経営工学/社会経済系科目を多くとりました。授業だけでなく、副指導等で異分野の先生を頼れる点も魅力です(他大学ではなかなか出来ません!)。幹が三本ありながら枝葉は互いに触れ合う、近すぎず遠すぎずの三分野が融合した社会工学ならではの特徴でしょう。
さらに社工では、MDA(数理・データサイエンス・AI)教育も重視されています。 私の在学時にプログラムはなかったものの、もともと社工はDS教育―しかも現実の問題解決にダイレクトに結びつく―を行っていました。現代の定量的アプローチをとる研究者に(どころか実務家にも)欠かせないこのスキルは、学位取得後の進路に大きく寄与しました。つくばを離れた私は東北大のデータ駆動科学・AI教育研究センターを経て、東大の情報基盤センターでの職に就いています。いずれも情報系で門外漢なのですが、社工で身につけたDSスキルと社会に関するパースペクティブを評価してもらいました。
研究者を目指すにせよ、実務家、実業家を目指すにせよ、社工で得られる技能と人脈はかけがえのない財産になるでしょう。社工に目を付けた時点であなたのセンスはこの上ない。あとは入学するだけです。

私は修士課程修了後、約5年間の民間企業勤務を経て、筑波大学大学院の社会工学学位プログラム(社会人早期修了プログラム)に進学しました。博士(社会工学)の学位を取得し、現在は筑波大学システム情報系の助教として教育・研究に従事しています。
修士課程の頃から研究の楽しさを感じ、進学したい気持ちはありましたが、博士後期課程でやっていく自信や修了後のキャリアに対する不安があり、就職を選びました。当時、データ解析技術で実社会の課題を解決するデータサイエンティストが注目されており、自身の能力を活かせる点に魅力を感じたのも就職を選んだ理由です。
博士後期課程への進学の転機は、実務を通じて技術的な専門性の限界を痛感したことです。業務ではアウトプットに追われ、新しい知識や深い専門性を身につける時間が十分に取れていないと感じていました。そこで、元々持っていた進学への思いも重なり、大学院で最新技術を集中的に吸収し、技術的な専門性を深めようと決意しました。
博士号取得後は博士後期課程で取り組んだ内容をさらに深めたいと感じ、現在は大学教員として研究を続けています。少し回り道をしたかもしれませんが、企業で培った問題解決力や実社会でのデータ活用経験は、研究者としても得がたい財産になっています。
経済面やキャリアへの不安から進学を躊躇する学生は少なくないと思います。「一度就職してから進学する」というのも有力な選択肢の一つとして、ぜひ検討してみてください。
