背景と目的

 

広大なキャンパスを有する筑波大学では、主要な移動手段として自転車が用いられる。

自転車は環境面、健康面などにおいて優れた移動手段であるが、しばしば指定区域外への迷惑駐輪が問題となる。

それは筑波大学においても例外ではなく、新入生が多い春先には、

膨れ上がった迷惑駐輪のために通行が困難になるという状況がしばしば見受けられる。

このような迷惑駐輪の問題は、典型的な社会的ジレンマである。東京工業大学教授である藤井(2001)は、社会的ジレンマを

個人利益の最大化行動と公共利益の最大化行動のいずれかを選択しなければならない社会状況」と定義している。

迷惑駐輪問題は、

全員が自らの個人利益を優先させて放置駐輪をする場合の方が、全員が多少の不利益を許容して放置駐輪を行わない場合よりも公共利益が低い状況

であるため、社会的ジレンマとして定義できる(藤井(2002))。

このような社会的ジレンマへの対応策は、しばしば次の二つの種類に区別されてきた(藤井(2001))。

 

 

構造的方略・・・法的規制により逃避行動を禁止する、逃避行動の個人利益を軽減させる協力行動の個人利益を増大させる等の方略により、

社会的ジレンマを創出している社会構造そのものを変革するもの

例)施設またはシステムの改善(駐輪場整備)、法的規制(罰金・移動・撤去)等

 

心理的方略・・・個人の行動を規定している、信念(belief)、態度(attitude)、責任感(ascribed responsibility )

信頼(trust)、道徳心(moral obligation)等の心理要因に働きかけることで、

社会構造を変革しないままに、自発的な協力行動を誘発するもの

例)啓発キャンペーン(テレビ・ラジオ広告、ポスター、イベント等)、教育・コミュニケーション(学校教育・社会教育・コミュニケーション)等

 

 

このうち従来、迷惑駐輪への対策としては主に、駐輪場の整備を目指す、自転車の移動・撤去といった、

上記分類で構造的方略に該当する施策が行われ、心理的方略はあまり重視されて来なかった。

しかし、効果的な構造的方略というものにはコストという問題点もある。

江戸川区の葛西臨海公園駅で実施された例を挙げる。結果から言うと、この地域での駐輪対策は大成功を収めた。

その内容は、この地域では放置自転車区域を定め、民間業者による撤去を徹底した。

現在多くの地域でも放置自転車を撤去しているが、普通は撤去する時間帯や場所が限定されている。

しかし、この地域ではそのような限定はなく、放置自転車を発見したら即撤去した。

また、それだけでなく委託した民間業者に出来高制の金銭的インセンティブを与えていた。

簡単に言うと、駐輪場利用状況、改善率などにおいて一定のレベルを決めて民間業者に積極的撤去活動を求めた形である。

これにより、この地域の放置自転車はほぼ0にまでなった。

では、この年の江戸川区における駐輪対策費をみてみよう。全体と比べて平均的な豊島区の¥571,319,000に対して、

江戸川区では倍近い¥1,091,636,000もの費用が投資されている。

都庁でヒヤリング調査を行ったところ、やはり効果的な駐輪対策にはコストがかかるというコメントを

東京都青少年・治安対策本部総合対策部副参事である池田氏からいただいた。

実際の江戸川区における対策費とその結果を他の市区町村のものとを比較しても、信憑性に足るものだろう。

しかし、筑波大学では駐輪対策にあまり金をかけられる状況ではない。

何故なら、駐輪対策を行うための予算の獲得が、以前よりも難しくなってしまったためである。

筑波大学には大学内の交通問題全般を取り扱う「交通安全対策委員会」という部署が存在する。

大学が独立行政法人化する以前には、この委員会は独自の予算枠を持っていたため、

委員会で設備増設などが決定されれば施設部へ直接予算が1,5002,000万円ほど降りるという単純な流れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


しかし大学が独立行政法人化した現在、交通安全対策委員会は独自の予算枠を失い、

要請があると発足する、というかたちになった。そのため委員会内ではあくまで要請に対する案の検討・決議のみしか行われず、

そこで議決されれば予算委員会へ申請書が提出される。つまり、以前に比べて踏む手順が増加したのである。

筑波大学施設部にてヒヤリング調査を行った結果、法人化する前より予算獲得は難しくなり、

大規模な案を通すのは一層困難になったという。

最近第二学群棟の駐輪スペースが整備されたが、あの規模の設備でかかったお金は2000万円以上のコストがかかっている。

  この規模の予算獲得はかなり難しいということで、

何年も前から要請がある芸・体専エリアの駐輪場増設・整備も先送りになっているそうだ。

よって、私たちは実現可能性が高く、かつ予算のかからない心理的方略のみでどれほどの効果があるのかを測定し、

今後の駐輪問題解決の参考になることを目的に今回の調査を行う。