第1章 土浦市の概要

  茨城県土浦市は、首都東京から60㎞、県都水戸から40㎞に位置する茨城県南部のまちである。(図1-1) 現在、隣接するつくば市・牛久市とともに業務核都市としての役割を担っている。
  面積は122.99㎡で、東に霞ヶ浦・西に筑波山を臨む水と緑にあふれた自然環境を有する。 市域中央を南東方向に流れる桜川周辺及び霞ヶ浦沿岸には低地が形成され、低地の南北はそれぞれ新治台地、稲敷台地が広がっている。

  土浦の歴史は古く、旧石器時代から集落が形成されていたことがわかっている。当時の霞ヶ浦は太平洋とひと続きであり、土浦は入り江であった。
  現在の土浦の都市としての骨格が築かれたのは江戸時代で、藩主土屋氏の時代に9万5千石の城下町としてまちの整備が行われた。霞ヶ浦から利根川、江戸川を経由し江戸へと至る水運ルートが確立され、水戸街道での陸運とともに交通の要所として発展した。江戸へは周辺地域から集積された米、醤油、木材が運ばれ、江戸からは塩や呉服がもたれされ、常陸国第二の都市として賑わった。
  近代に入り日本鉄道海岸線(現・常磐線)が整備されると輸送交通の主役は鉄道へと移った。役割を失った川や堀は埋め立てられ、道路へと変わっていくことになる。
  大正時代には阿見町に海軍航空隊予科棟が設置されたことを契機に、それまで低湿地であった桜川沿岸を埋め立て、歓楽街へと変貌していった。また、相次ぐ洪水を受けて霞ヶ浦沿岸を中心に治水・利水整備が行われ、れんこん栽培が盛んになる。

土浦市の位置
図1-1:土浦市の位置


TOPnext